彼女の子は孫を、孫はひ孫を連れてきたが、ひ孫は玄孫を連れてこなかった。
人間なんてそんなものである。むしろよくもまぁ100年も不思議な友人関係が続いたものだ。ここまで繋がっていたことが奇跡だったのだ。きっとそうだ。
そう思ってみたところで視界は暗い。ロンドンは今日も曇っている。
*
ある雨の日、アーサーのもとに日本から小包が届いた。差出人の名前には心当たりがある。たしか昔の友人のひ孫だ。まだ生きていてくれたのか、と感慨に浸りながら中身を改める。英語で書かれた手紙と、手のひらに収まってしまう大きさのジュエリーケース。黒いベルベットに囲まれた透明なアクリルの中心に、淡いブルーの宝石が見える。
意図をはかりかねて手紙を読む。内容はこうだった。
親愛なる友人、アーサー。
ご無沙汰してしまってごめんなさい。お変わりありませんか。私は元気にしています。
元気ではあるのですが、すみません。あなたに子どもの顔を見せることができそうにありません。私が愛した人との間には生まれないのです。曾祖母があなたと交わした約束を守ることができません。それが申し訳なくて、会いにいくのも億劫になってしまい、そうしているうちにろくろく動けない体になってしまいました。本当は手渡すつもりでいたのです。すみません。
お送りしたのは、曾祖母の遺灰で作ったダイヤモンドです。あなたに渡すよう遺言状に書いてありました。子どもを連れて会いにいくこととは別に、約束があったのでしょうか? どんな約束かは教えてもらっていないのですが、必ず渡すよう、亡くなった親から言われています。お受け取りください。
最後に、大切な友人を長らく放っておいてしまったこと、どうかご容赦ください。遠く日本の地より、あなたの幸福を願っています。
……日本人というのはどうしてこう生真面目なのだろうか。そんなこと気にせず会いにきてくれたほうが嬉しいのに、と思いかけて、体を悪くした老人に来いだなんて紳士ではない、こちらから会いにいこうと決めた。
ベルベットの中でダイヤモンドは輝いている。いつだったか、まだ彼女と自分がただの友人ではなかったころに、冥王星まで連れていくと口走ったことがあった。
「覚えて、いてくれたんだな」
大好きだった○○の瞳に宿っていたきらめきに似た光を、そっと抱きしめた。
*
○○には風変わりな友人がいた。皮肉屋で紳士で、優しくて甘え下手で、童顔で元ヤンで、そして、気が遠くなるほど長生きな、素敵な友人。
彼女の遺灰をアーサーが受け取ってから100年経たないうちに、特殊な訓練を受けた宇宙飛行士でなくても冥王星に行くことのできる時代が来た。もちろん彼はベルベットのジュエリーケースを携えて船に乗った。休暇を取るのには少しだけ骨が折れた。
地球が小さくなる。目的地にたどり着くまでの間、○○と交わした言葉のひとつひとつを思い出した。そのときの彼女の表情、触れた肌の温度、声音を振り返っていたら、たまらなくなって、黒いベルベットの中心に収まっている彼女に話しかけてしまった。40億キロ以上の道のりもあっというまだった。
冥王星に到着したダイヤモンドは、宇宙船のライトを反射して、濡れたように光った。しかしアーサーには、それに気づくだけの心の余裕がなかった。彼もまた、宝石のような緑色の瞳を、涙で溶かしてしまっていたからである。
名前:アーサー・カークランド
友達が551人できた
友情の証に謎の食べ物を貰う
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