○○には風変わりな友人がいる。皮肉屋で紳士で、優しくて甘え下手で、童顔で元ヤンで、……特徴を挙げ出すと日が暮れてしまうような、素敵な友人。驚くべきことにただの「人」でもないらしい。生まれてからようやく四半世紀を超えただけの人間だった当時の彼女には、あまりピンときていなかったようだが。

「今心霊スポットにいるんだ」
「なんだって!!?? 今すぐ行く!! ちょっと待ってろ!!」

 場所を教えてもいないのにすっ飛んでくる友人のことが、彼女は好きだった。

「煮るなり焼くなり好きにしろ!」
「○○が食材だったらしっかり火を通して美味しく調理してやるんだがな……。さすがに人間である○○のことを調理するつもりはないぞ」

 どだい無理な話である。どうあがいても、○○は人間でしかなかった。持っている砂時計の残量も、生き物としての方向性も違う。その自覚が不十分なまま友人に絡み、「反応が可愛い」などと口を滑らせてしまった日、世界は表情を変えた。

「……なるほど? 道理でいつもいつも俺のことを試すようなことを言ったりしてくる訳だ」

 くるくると様々な色を映す彼の顔が、静かに凍ったのである。

「なあ、気になってる女に可愛いって言われ続ける俺の身にもなってみろよ。わかるか? ……わかる訳ないよな、俺の気持ちなんて」

 簡単に解けないよう、固く手首を掴まれた。自分の目をじっと見つめる彼の瞳に灯る感情を拾うのが怖くなってしまって視線を逸らす。肌に触れる温度は揺れていた。



 気まずいまま別れたその夜、○○は夢を見た。彼に近しい何かになって、二人きりの箱庭で、彼だけを見て、彼のことだけを想って、彼だけを愛する生活。白い部屋は明るくて、そしてどこまでも暗かった。

 意識が浮上する。めまいがするほど残酷で、いとおしい夢だった。あるいは震えるその手を取って、閉じた空間で睦みあう絶望に浸るのも悪くない。けれどもそれで彼は幸せになれるのだろうか。紡ぐ言葉の甘さのわりに、声も情緒もひどく不安定だった。あんな顔をさせたくはない。

 未来の選択肢がひとつ消えた。彼女は彼と同じにはなれないし、なってはいけないことを悟った。



 何事もなかったかのようにまた友人のもとを訪ねた。そうすることが、宿命という途方もなく大きな力に対して彼女ができる精一杯の反抗だった。迎え入れた彼はつんつんしているが、何ということはない。いつものことである。

「新婚旅行はどこにする?」
「……ちょっと何言ってるかわからないんだが?」

 脈絡のない話を振って、友人の反応を楽しむのだって、いつものことである。

「俺は結婚しないからともかく、○○は行きたいところに行けばいいんじゃねぇか? それともイギリスに来いって言われたかったのかよ。……悪いけど絶対言わないからな」

 思わず頬が緩んでしまって、あわててカップで口元を隠した。

「っていうかそういうのは友達相手じゃなくて結婚相手と相談するべきだろ……」
「冥王星行きたい」
「俺の話聞いてないだろ……。地球と冥王星の距離わかってるのか? 最短でも40億キロ以上あるんだぞ。○○が生きてる内には到底たどり着けないだろ……」

 妖精さんの話をよくするくせに、彼はロマンチストにはなってくれない。悲しいほど現実主義だ。彼女が彼女であるうちに結ばれることはないのだろう。到底たどり着けないのだろう。

「……まあ、いつかほんとに冥王星まで行ける時代が来たら……」

 視線を上げる。ほんのり染まった頬と、額ににじむ汗と、逸らされた緑色の瞳。皮肉はすらすらと口にできるのに、本音を伝えるときにはこうして言葉に詰まるのが彼だ。

「○○の遺骨を持って旅立ってやってもいいぞ。その辺の男では叶えてやれない行先だろうからな……」

 彼と自分が迎えるべき美しい結末が見えてしまったので、帰宅後彼女は少しだけ泣いた。



 この切なさを隠しておきたいと思ってはいたのだが、どうしても、彼の顔を見ると鼻の奥がつんと痛む。

「アーサーを見てると泣けてくる」
「なんでだよ。俺のことが可哀想にでも見えるのか? 失礼なやつめ。それとも何か別の理由があるのかよ?」

 理由を話して受け入れられたとして、彼は寂しくならないだろうか。いつか必ず置いていかれる現実に打ちのめされたりしないだろうか。そう考えるのは自惚れだろうか。30年も生きていないただの人間には、答えを出すことができなかった。

「……だったら俺のこと見るなよ。○○の泣き顔、俺だって見たくないんだからな」

 彼の言葉を聞いて自分たちが両想いだと確信した彼女は、友人に会いにいくのをやめた。




名前:アーサー・カークランド
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友情の証に謎の食べ物を貰う

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