そう思った瞬間、衣の腕をナニかが掴んだ。
驚き見れば、そこにあったのは黒い手。
それも腕を掴んでいる手だけではない、夥しい数の手。
それらを認識したと同時にその全てが衣を掴もうと動く。

それから逃れようと椅子から立ち上がると、そこに手などなかった。
先ほど打っていた時となんら変わらない風景がそこにあった。

「こ、衣…?」

心配そうに名前を呼ぶ透華に目を向け、次に○○を見る。
何があったのか分からない。そんな顔をしている。
最後に須賀を見れば何の感情も読み取れない眼で衣を見ていた。

「……随分と怯えているな。何か恐ろしい物…いや、悍ましいモノでも見たのか」

疑問系ではない。

「今のは、お前が…」

「初めて使うからな、加減がわからなかった。次はないさ、安心しろ」

あれの原因は須賀が何かをした。
それが何かは衣にはわからない。
そして、わからないからこそ、恐ろしかった。

「いつまで呆けているつもりだ?座れ。続きをするぞ」

言われて椅子に座る。
この時点で衣には須賀が何者よりも恐ろしい化物にしか見えず、感じたことのない恐怖が衣に重く重く纏わりついていた。

衣回想8。