違う。衣の心は折れてなどいない。
ただ、この恐怖が初めてのもので、少し怯えているだけだ。

「そうか…なら俺も何かフォローするべきだと」

「そうだ、京太郎ならそのへん上手そうだし何とかできるだろ?」

須賀からのフォロー?そんなもの必要ない。
何故こいつからそんなものを受ける必要があるのか。

恐怖を振り払え、怯え震えるのではなく、勇ましく奮え。
この恐怖は衣が己の力のみで乗り越えるべき恐怖だ。

それに、強者との闘牌は衣が望んだこと。
その望みが今正に叶っている。
ならば、なればこそ、衣は全力で立ち向かうべきなのだ。

「………いや、必要ないな。眼に火がついたぞ、それも随分と苛烈な火が」

あぁ、そうだ。
これは衣が灯す、恐怖を乗り越えようと、立ち向かおうとする意志の火だ。

「○○、退屈な思いをさせてすまなかった」

○○へと詫びを一つ。そして須賀を見据える。

「そして、須賀。衣は今から驕りも慢心もなくお前を倒す」

まだ須賀が恐ろしいと思う。だが怯えるほどではない。
意志を強く持てば、この程度で止まることなど有り得ない。

そしてこの闘牌を通して。衣はきっと強くなる。
麻雀の腕ではなく、まだ幼く脆弱な心。それが今よりずっとずっと強くなる。
だから衣は引かない。立ち止まらない。

「さぁ、続きをしよう。ここからは○○を退屈させない。
そして勿論、お前も退屈させないさ」

言って須賀を真っ直ぐと見据えて宣言する。
これで後には引けない。引く気もない。

「やれやれ……まぁいい。ほんの少しだ、付き合ってやろう」

そう言う須賀は、衣が見てきた何よりも優しく、綺麗に、ほんの微かな笑みを浮かべた。
それに不覚にも見惚れてしまっただなんて、誰にも言えない衣だけの秘密だ。



「………はっ!ヤバイ、今俺、結婚しよ、とかセーラ以外で初めて思った…!」

「死ね」

…まぁ、見惚れたのは衣だけではなかったようではあるが。

END.
衣回想10。