女が、一人。部屋に倒れ伏していた。
六面ともにコンクリートが打ち放された灰色一色の部屋だった。
部屋は弱々しい明かりに照らし出されていた。
その源を辿ると、天井から垂れた、たった一つの裸電球に行きつく。
裸電球を除けば、床に大きな台が置かれているだけの殺風景な部屋である。
高さ50cm、縦横2メートルの正方形のかたちをした木製の台だ。
かなり年季の入ったものとみえて、あちこちに黒い染みが付き、複数の穴が穿たれている。
女の躰はその上に転がっていた。
女の眼瞼は閉じられ、長く、反り返った睫毛がその切れ目を縁取っている。
上半身はぴったりと肌に張り付いたようなスーツを着、下には膝上丈のスカートを穿いている。
おかげで上半身のボディラインと長い脚、双方の艶かしさ、官能性が強調されている。
突然、金属同士が荒々しく擦れるような音がしたかと思うと、壁の四角い切れ目が沈み、光が溢れ出した。
開かれた扉の向こう側に、逆光に黒く彩られた人影が見えた。
人影はゆっくりと部屋の中に入り、後ろ手にコンクリート製の扉を閉めた。
身長2メートル近くの、澄み切った碧い眼をした男だった。
良く引き締まった筋肉質の躰に、短く刈り上げた金髪の大男だ。
男は大きなキャリーケースを一つ、持っていた。それを部屋の隅に置くと、台の上に上がった。
男が軽く女の躰を蹴って転がすと、微かな呻き声が聞こえた。
突如、男が女の髪を鷲掴みにして乱暴に揺すった。
「いた…い、やめ、て」
男が腕を止めると、女の眼球がせわしなく動いているのが見える。
「良く聞け」
怯えと混乱と不快感、それらが入り混じった瞳で、女は男を見る。
「大和、お前は死ぬ」
大和は反射的に体を動かそうとしたが、ほとんどそれは叶わなかった。
彼女の両手首と両足首は、鋼鉄製の枷で縛められていた。
「多くの疑問が今、お前の頭の中で渦巻いているだろう。何故死ぬのか、どうやって死ぬのか」
大和は男を睨み付けたが、その肩は震えていた。
「あなたは誰ですか。こんな悪質な悪戯をして、どういうつもりですか」
「悪戯ではない。お前はここで死ぬ。俺が殺す」
男が簡潔に答えた。
「今回のテーマは『標本』だ」
男はそこで初めて、白い歯を見せて笑った。
幼い子供の笑みのような、無垢で純粋な笑顔
「こっ、殺すってどういうことですか」
「まず、両手首、両足首に杭を打ち込む」
男は淡々とした口調で言う。
「骨と腱と神経が複雑に絡み合った場所だ。その分破壊された時の苦痛も大きい。ここを責められて廃人同然になってしまう奴も多い」
大和は茫然とした表情で男の話に聞き入っている。
「杭は動脈を慎重に避けて打ち込む。でないと直ぐに失血死してしまうからな」
男はそう言いながら先程部屋の隅に置いたキャリーケースの方へ向き直り、チャックを開いた。
「この動脈を避けるのが中々難しい。腕の見せ所だ。だが俺は専門家だ。経験もある。成功する自信はある」
金属同士が触れ合う音がしたかと思うと、床の上に小型の電動ドリルが置かれた。
「こ、殺すなんて嘘ですよね」
男は答えなかった。ただ、淡々と道具を床に並べていった。
鉄杭、カッターナイフ、鋏、巨大なステープラー、テグス……それらが整然と並んでいく。
「誰か……誰か助けて!」
大和は叫び始めた。叫びながら身を捩って芋虫の様に這い進み、台からコンクリートの床へ落ちる。
「お願い、誰か助けて!お願いよ!」
大和は男のいる方と反対側の壁際まで行くと、床に向かって手枷を何度も打ち付けた。
だが分厚い鉄の枷は、女一人の腕力で壊すにはあまりにも堅牢に過ぎた。
男は最後にハンマーを取り出して床に置くと、大和の方へ大股で歩み寄った。
「近寄らない」
大和が最後まで言う前に、男のブーツの爪先が彼女の腹部へめり込んだ。
大和の口から緑色の嘔吐物が迸った
男は嘔吐し続ける彼女の躰を引きずり、台の上に無造作に投げ出した。
痛々しい呻き声をあげる大和を無表情に見やった後、男は先ほど床に並べた道具の方へ進み、頭が輪になった鉄杭を4本掴んで台の上に屈み込んだ。
嘔吐し終わった大和の虚ろな眼が、男の持つ鉄杭を捉えた。途端に彼女の瞳孔が収縮し、顔面が蒼白になった。
「や、やめて……ください……お願いだから」
男は無表情で、鉄杭を持った手を振り上げた。
「いや、いや……」
ガタガタと躰を震わせながら大和はかぶりを振った。
股間に染みが広がっていく。恐怖のあまりの失禁だった。
男が腕を振り下ろす瞬間、大和は思わず眼瞼を閉じていた。
鉄杭が食い込む音が響き、大和は悲鳴をあげた。
「静かにしてくれ」
恐る恐る、といった様子で大和が眼を開く。彼女の手には傷一つ無かった。
代わりに、木製の台の隅に鉄杭が打ち込まれていた。
突然、男の蹴りが大和の顔面に飛び、彼女の首が真上に跳ね上がった。台の上に血飛沫が飛ぶ。
「ごぼぉっ」
綺麗に通っていたはずの鼻筋は無残にひしゃげ、鼻孔から血液が溢れ出す。
大和はくぐもった悲鳴をあげ、鼻腔から気道へと流れ込む血液に咳き込んだ。
続いて男の蹴りが腹部に刺さった。
大和の口から濁った液体が噴き出し、台を汚した。
血と涙の混じった嘔吐物を吐き続ける大和を尻目に、男は台に4本の鉄杭を等間隔に打ち込んだ。
さらに、その杭の頭の輪にそれぞれ手錠をかけていく。
それが終わると、男は悶え苦しむ大和の手を取った。
男はボールギャグを大和の口に押し込むと、鍵を取り出して大和の枷を外した。
自由になった大和の右手に、先ほど杭と繋いだ手錠を掛け、大和の右手と杭とを連結する。
左手首と両足首にも同様に手錠をかけた。
台の上には、仰向けになって四肢を大の字に広げさせられた大和がいた。


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