「ちょっと!前にも言ったでしょ!料理は一度お皿拭いてから出してって!」

ホンットにこいつは何度言っても覚えないんだから!
まぁまだ働き始めてあまりたってないけど…。
でもでも私は働き初め一週間で全部マスターしたし!
同い年なんだからしっかりしてほしいもんだわ、まったく。

「いい?もう一回言うわよ。料理はお皿に高く盛るように。そんでお皿に飛んだソースとか汚れはきちんと拭いてから出すこと!」

納得のいってないようなムスッとした顔で厨房に引っ込んでいく。
あいつ絶対真面目に聞いてないわね…。



あいつがここに来たのはひと月くらい前
将来料理人になりたいからその修行の一環でとかいって店にやってきた。
他にもいろいろなお店の厨房に入り込んでいるらしくって、甘兎庵にも来たって千夜が言ってたわ。断ったそうだけど。

私と先輩の通ってる高校の近くにある男子校の生徒らしく、この間バイトへ向かう道で偶然一緒になった。
その時にちょっと話しながら行ったんだけど、それを店長に見られてて面倒見るように言われちゃったのよね…。

「あたしの方が先輩なのに…、全然言うこと聞きやしない!」

たしかに料理の腕はいいみたいだし、よく働くから店長も気に入っているけど…
あの不愛想な態度はいかがなものかと思うんですけど!
あいつが笑ってるとこなんか一回も見たことないわよ、あたし!
まぁ別に見たくなんかないけど。

「シャロちゃん、これ3番テーブルにお願いね」

「あ、はーい!」

いけないいけない。
あんなやつのこと考えて自分の仕事がおろそかになったりしたらダメだわ
集中集中!いつも通り最高のお茶と、とびきりの笑顔をお客様にお届けしなくっちゃ!



「おまたせしました~!『今日のケーキセット』お持ちしました♪」


「わ~い!キタキタ!」

「ケーキぐらいで騒がないでくださいよココアさん」

なんだ、お客さんてこの子たちだったの。
ていうかなんでここにいるのよ。自分の店はどうしたおい

「あんたたちなんでここにいんのよ…。ラビットハウスは?」

「今日は午前だけだったんだ。○○さんがお昼過ぎから出てくれるっていうから甘えちゃった!」

「そしたらココアさんがケーキ食べたいって聞かなくって。どうせお金落とすなら知り合いの店に落としてやろうっていう私なりの優しい気遣いですよ」

そのかわいくない理由は言わなくてもよかったけどねチノちゃん…。
この子最近一層口が悪くなってる気がするんだけど…。おじさん大変そうだわ。

「そ。じゃあま、ゆっくりしていきなさいな」

「うまうま~♪」

聞いちゃいないこいつ。


あんまりこの子らにも構ってられないわ。
今日は結構お客さん入ってるし、次の配膳も待ってる。
雑談もそこそこに厨房に戻らなきゃ。

「じゃあ私行くからね」

「むぐ~♪」

「あいあい、がんばってくらはいね」

ケーキを頬張る二人を背に速足でホールを横断する。
追加の注文をされる方、おかわりを希望される方、机にお茶をこぼしちゃった小さな子のフォロー…。
厨房に仕事を取りに戻るまでに、余計に仕事をもらっちゃうのはいつものこと。
このくらい慣れっこ。どんとこいってのよ。


あらかたホールの対応が終わったら、厨房にオーダーを伝えてすぐに配膳にとりかかる。
他のスタッフさんもフル稼働しているとはいえ、やっぱり仕事量は少なくない。

「5番さん追加注文です。ハーブクッキーとカモミールのおかわ…」


…り、がいるんだけどもう用意されてる。なんで?
他のテーブルの方が注文したもの?なら早く持って行かないといけないじゃない。
ああもうほんと忙しい!


そのとき

ふと、厨房から顔を出してるあいつと目が合う。

「7番の常連。いつも締めにクッキーと茶おかわりするだろ」

「あんた…。客の顔とか覚えてたの?意外ね」

「早く持ってけよ。オーダーつっかえてんぞ」

「うっさいわね。生意気よ、後輩のくせに」

「年はタメだろ桐間」

なんなのこいつ!ホント口のきき方しらないやつね!
自分の言いたいことだけ言ってさっさと奥に引っ込んじゃうし!
そうだ、今日こそ仕事終わりに一言言ってやろう。
いつまでも舐められっぱなしってのは性に合わないのよね。


なんて文句言ってやろうかと考えながらお皿を運んでると、あることに気が付いた。

「ん?あらこれ…」

綺麗な焼き色のスコーン。
ほどよい甘さと生地にねり込まれたベリーが絶妙だと当店人気の一品だ。
それが三つのせられたお皿。

粉砂糖もクズも落ちてない、綺麗に拭き取られて盛られてる。
添えられたジャムにも粉はかかっていない。


なによ、やればできるんじゃない
それなら最初からやっとけってのよ。

「ばーか」


しょうがない、文句言うのはまた今度にしといてやるか。
どうせ私もあいつもほぼシフト一緒だし、顔を合わす機会は嫌ってほどあるんだから。
でも今日生意気なこと言ったのは絶対許してやんないんだからね。
ていうかなに人のこと呼び捨てにしてんのよ腹立つ!
おぼえてろよ…。


「シャロちゃーん!注文取りおねがーい!」

「はーい!今すぐ!」

でもとりあえずは、この殺到してる注文と配膳をどうにかしないと。
あいつのことなんか後回し後回し

「お待たせしました、お客様ー♪」










「ふぇー、食べた食べた」

「ココアさん食べすぎ。人のケーキにまで手ぇ出そうとしないでくださいよね」

「えへへぇ、ごめんね!おいしくてついつい」

「本当に、ココアさんは花より団子ですね」

「お花は食べられないよ?当然だよ~」

「そういう意味じゃねぇです」





「見てください、見事なものですよ」

チノの視線は店の外、沿道の花壇に注がれている。
丁寧に手入れされているであろう、色鮮やかな花たちが午後の日の光を受けて咲き誇っている。さながら店内で笑顔を振りまきながら働いているスタッフたちのようだ。

「ライラックですね、紫の。綺麗に咲いてます」

「ホントだねぇ。もう温かくなってきたもんね、ラビットハウスの前にもお花植える?」

「そうですね、また考えときましょう」





「恋の芽生え、か。シャロさんにも春が来そうな感じかな。よきかなよきかな」

「チノちゃん?」

「独り言ですよ。さ、そろそろ私たちも自分の城に戻りましょうか」

新芽