「はぁ…」

あー、面倒くさいなぁ。
いつもならテキトーに用意したのをお父さんにあげて終わりなんだけどなぁ。
今年はもう一人、でっかいのがいるんだよなぁ。

そもそもみんな節操なさすぎですよね。少し前はメリークリスマスとか明けましておめでとうとか言ってたくせに。
騒げりゃなんでもいいのかっての。

私あまり騒がしいの得意じゃないので遠慮したいところなんですけど。
残念ながら周りの人たちが(主にココアさんとか)イベント大好き騒がしいの大好きですから、ほぼ強制参加なんですよね。つれーわー。

街もなんだかフワフワホニャホニャ甘い空気漂わせちゃって。
皆が皆楽しみにしてるわけじゃないってことをちょっとは考えて頂きたい。
そもそも司祭さんが処刑された日にチョコってなんだ。
チョコかじってないで喪に服せリア充どもめ。



「…まぁ、用意したわけですけど」

手作りではない。
うん、これは溶かして固めただけだ。手作りじゃあない。
手作りってのはカカオ豆から栽培することであって云々…。
別に深い意味もないし。お父さんにあげるのと変わらないし。

…実際、家族みたいなものだし。

「ちょっとデカい犬みたいなもんだし。吠えないし噛まない、あら理想の番犬じゃないですか」

お兄さんがうちに初めて来たときも、お父さんが拾ってきたみたいな感じでしたしね。
所々煤けた服にひっどい顔をした図体の大きい男の人と一緒なんですもの、殺し屋でも連れて来たのかと思っちゃいましたよ。
『今日からここで働くことになった。お兄ちゃんができたと思ってなんでも話しなさい』とか言われて困ったのをよく覚えてる。
その日は不本意ながらココアさんと一緒のベッドで寝たんだったっけ、怖くて。

「今でも顔は怖いですけどね…っと」

そんなうちの番犬は今買い出し中、なので減ってきた豆の補充も私がやっておく。
力持ちが増えたおかげで一度にたくさん買えるようになったので、少なくなってからまとめて買いに行けばOKになったのは助かりますね。

「にしてもちょっと遅いな。寄り道でもしてるのかな」

ココアさんが帰ってくるまでにさっさと渡しときたいんだけど。
見られたら絶対からかわれるし…その、なんだ。こっぱずかしいし。
いや深い意味はない。ないようん。
日頃薄給で頑張ってくれてることのご褒美的なあれですから。
どうせろくなもの食べてなさそうだし。不本意ながら世の中に踊らされてチョコくらい恵んでやってもいいかなーとか、ね。


「……」


…食べてくれるかな。

普段、必要なこと以外はほぼ喋らないんですよねあの人。
そのせいで何が好きとか苦手とかわからないんだよな。
いろいろ配慮するの大変だったんですからね、味わって食べろよコノヤロー。


「…あほくさ、なに心配してんだか。何食べたって同じでしょうよ、どうせ」



くだらないこと考えながらボーっとしていたところ、ドアの開く音で我に返った。
やっと帰ってきた?


「チノ留守番ありがとう。今戻ったよ」

「お父さん…」

なんだお父さんか

なんだってなんだ。なにをがっかりしてるんだ私は。
そういえばお父さんとおじ…ティッピーは業者さんに仕入れ値の変化のお話しに行ってたんだっけ。

「なんとか今まで通りの額で取引できることになってよかったよ」

「そうなんだ、よかったです。どこも不況の波で大変だもんね」

「ワシのコネに感謝してほしいのう。あやつとは開店以来の付き合いじゃからな」

お父さんが小脇に抱えている毛玉が得意げに胸を逸らした。
この異常な光景を見慣れてきた自分がちょっとヤだ。

「そうだ、丁度帰り道で○○くんにも会ってね。随分なプレイボーイっぷりだったよ」

は?なんだって?
プレイボーイ?ヘルボーイの間違いじゃないのか?

「なにそれ。イミワカンナイ」

「チョコレートじゃよ。商店街のババアどもにたくさんもらっておったぞ」

「なんだ親父、嫉妬しているのか?何人か店で見た若い子にも貰っていたね」

えぇ…。みんなあんなのがいいの?
めちゃくちゃ怖いじゃないですかあの人。表情筋死んでるし、眼濁ってるし。
ちょっと私には理解できないんですけど。

「ふーん」

理解できないけど


なんか、こう…ムカつく


「タカヒロ、しょうもないことを言っとらんと荷物を店に入れるのを手伝ってやらんか。小僧が店の前で待っておるぞ」

「おっといけない。そうだったな」


「…ふーん」

なんだよ、貰ってるのかよ。
お兄さんのくせに生意気ですよ。


「すまなかったね、買い出しありがとう。私がバックまで運ぶから休んでいてくれ」

犬が帰ってきた。
さすがに荷物が多かったのか、額に汗がにじんでいるのがわかる。


「お兄さん」


「…?」


「お手」


お兄さんが不思議そうな顔をしている。
でも知らない。モヤモヤを晴らすためにもひかないぞ。


「……」

お兄さんの大きなゴツゴツした手が私の手に触れる。
…でか。いや私の手が小さいのもありますけど。

「いいですか。あなたはうちのです。他所の人にしっぽ振らないでくださいね」

ますますお兄さんがわけがわからないといった顔になる。
ちょっとおもしろい。
いいですね、困ったお兄さんの顔を見たらちょっとスッとしました。


「わかりましたか?わかったならこれをあげます。とっときなさい」

強引にお兄さんの胸に向かって用意したチョコを押し付ける。
こうでもしないと素直に渡せないあたり、私も情けない奴ですよね。
でもまぁ渡す口実ができてよかった。

…バックヤードに行くドアのところでニヤニヤしてるのお父さんと毛玉には今年はあげないからね。
バレンタインチノ